2021年3月31日水曜日

 「英国散歩」
英国車に見る「グッド・エイジド」の美学
写真・文:大熊 康夫


現在、販売されている多くの時計は、クウォーツ、デジタル、さらには電波時計など、ヴィンテージウォッチとは、まるで異なるテクノロジーが搭載されているため、ヴィンテージウォッチの内部や世界観をたやすく思い描くのは難しい。

そこで、実は、戦前より基本的なテクノロジーが全く進化していない車を例に、ヴィンテージの魅力や世界観を解説してみたい。

近年は、だいぶ少なくなってはいるものの、英国全土のカントリーサイドで、オフローダーの代表格、ランドローバーの姿を見かけることが多い。

もともと農耕用や軍用の車両として生まれたランド・ローバーは、飾りっ気こそないが、質実剛健を絵に描いたような機能一点張りなデザインが潔く魅力となっている。

そして、全体のフォルムや細部に目を向けると、それらは実に良く考えられた末に、到達した正解と言え、間違いのない普遍的なデザインであることが分かる。

毎日、ハードに使用しても、日常のメンテナンスや、定期的な整備さえ怠らなければ、信頼できる道具としての役割を果たしてくれる。

使い込むほどに、外観のエイジングは避けられないが、正しく使われることで、働く機械としての美しい佇まいが宿り、農場の片隅にとめられたランドローバーには、理屈抜きで惹かれてしまう魅力がある。

それこそが、「グッド・エイジド」の美学なのだ。




古くからある英国車趣味


英国には、戦前より、モノを長く使用することに誇りを持ち、特に正しく整備された機械を使い続け、次の世代へと引き継がせることを楽しみとする趣味が定着している。

そして、その代表格はヴィンテージカーであると言えるだろう。クルマは人よりも長生きであり、英国流のクルマを所有するという概念は、独特であると言える。

クルマを所有することは、オーナーとして使用して、維持して行くという、本人が生きている間だけの権利であり、オーナーが変わっても、クルマは良い状態を保ちながら維持されてゆくという考え方が根底にある。




日常的に使う道具としての美しさ


しかし、すべてのクルマを、博物館に展示できるほどの状態に維持しながら、所有し続けるのは、なかなか難しいこと。

英国には、「ミント・コンディション」と「ベリー・オリジナル、ネバー・タッチト」というふたつの言葉があり、どちらも誉れ高き言葉なのだ。

「ミント・コンディション」は、ほとんど使用されずに保管されていた、新品に近いコンディションで、そのまま博物館入りしても良いような状態。そして、「ベリー・オリジナル、ネバー・タッチト」は、使用され続けてはいたものの、良い環境で保管され、さらに、外観やメカニズムに改造されたところはなく、すべてが、純正もしくはそれに準ずる正しい部品で構成されている状態のことを称する。





数十年を生きて来た証とともに


ウォッチギャラリー・ビッグベアーでは、英国にて探し出した「ベリー・オリジナル、ネバー・タッチト」のスミスを、発見されたそのままの、「エイジド」の状態で販売することはない。

数十年を生きて来た証である、佇まいは、クリーンアップするにとどめ、メカニズムには新品部品を使用した、スミス専門店ならではの徹底的なメンテナンスを行っている。

そして、スミスの工場出荷時と同等以上のムーブメントに甦った状態を「グッド・エイジド」と呼ぶ。

ヴィンテージウォッチならではの使い込まれた美しい佇まいのスミスを、スミス本来の優れた精度、そして、耐久性と共に快適に使っていただきたい。