スミス専任時計師のウォッチギャラリー・ビッグベアー店主、大熊 康夫のブログ
~時計師の仕事場 #0020~
「この個体にしかない魅力とは」
1957年青焼針のデラックス
このデラックスを始めて目にした時の、第一印象は、エイジングのクールな佇まい以外の何物でないと言えるでしょう。
金無垢のデニソンケースが、青く輝くブルースチールハンズが、という以前に、まぎれもなくこの個体にしか存在しない、見事とまで言える美しいエイジングが視線を釘付けにしてしまうに違いありません。
ひとことにエイジングといっても、その種類は、千差万別。日の光や湿気、そして、空気中のに含まれる酸素を始めとした様々な物質が、長い歳月の経過によりもたらす、いわゆる経年変化のこと。
しかし、それらは、ケースや、文字盤、そして、針などの材質により必ずしも同じような結果が現れるわけではありません。
艶のないアイボリー色の文字盤には、こんがりと日焼けしたかのように、そして、青焼針には酸化にによる微細な化学反応が蓄積され固有の表情を作っています。
このデラックスの文字盤には、金メッキされた浮彫のアラビア数字インデックが施されているため、その個々の数字の周辺は他よりも、やや、色濃くエイジングが進むという特性があります。
このことが、より一層この文字盤に趣深いエイジングを生み出し、人工的ではない、自然現象的な美しさを作り出しています。
それは、保管状態や使用環境など、極めて多くの要因が60年以上の時と共に影響し合い育んできた佇まいであると言えます。
ムーブメントを分解してみることで、このデラックスが、いかに正しく使われ、そして、優れた時計師の手によりメンテナンスされて来たかが分かります。
全ての部品は極めて美しく、偏摩耗などが一切なく、消耗部品も定期的に交換されてきたことが分かります。
スイス製の見せるムーブメントとは大きく異なる、高い剛性を重視して設計されたスミスのCタイプ15石キャリバー。
質実剛健なその設計思想は、メンテナンスを怠らなければ半永久的に使用可能な極めて英国的なムーブメントであると言えます。