2021年4月2日金曜日

 スミス1215とは



1215誕生秘話

スミス社は、第二次世界大戦が勃発する以前、英国の時計メーカーとはいえ、その生産をスイスのロンジン社やゼニス社へ依頼しており、純粋な英国生産の時計メーカーではなかった。



スミス社は、1910年より、ほとんどの英国車のメーターを
手掛けており、ジャガー・ルクルト社と深い関係にあった


戦後、世界水準かつ英国自社工場生産の時計メーカーへの転進を果たしたかったスミス社は、自動車の計器製造の際、技術提携を行っていたスイスの名門時計メーカー、ジャガー・ルクルトの力を借りることになる。




スミス社の自社工場のあった英国チェルトナムの市長に、
時計の組み立てについて説明するレノア氏(1944年)


レノア氏により生み出された1215

スミス社は、ジャガー・ルクルトの凄腕、時計技士であったロバート・レノア氏を迎え入れ、世界水準の技術を導入しつつ、英国的で質実剛健な独自のデザインにより、1215ムーブメンを開発した。



真鍮にニッケルメッキが施された1215ムーブメント。
シンプルだが、表面に独特の装飾が施されており
デザインにも、当時のスミス社の意気込みが伝わってくる


レノア氏はテクニカル・ディレクターとして、スミス社に籍を置き、技術面における最高責任者となる。1970年まで続いた英国製ムーブメントの礎を築いたスミス史における重要人物なのだ。



1950年代の保証書には、テクニカル・ディレクターとして、
ロバート・レノア氏のサインが記されている


ムーブメントのキャリバー名である1215とはふたつの数字の組み合わせで、12がムーブメントの直径を表すラインという単位であらわしたサイズであり、15は軸受けなどに使用したルビーの数を示している。


スミス社は当時、Made in England(英国製)であることにこだわったため、スイス由来であることを伏せており、その結果、スミスの需要はグローバルにはならず国内にとどまった。


しかしながら、その本当の品質を知っていた時計業界は、スミスの世界水準の精度と英国的なシンプルで、間違いのない優れたデザイン性を見逃さなかった。



スミス社がデザインからメカニズムまで全てをエルメスから任された
エルメスのロンドン市場向けモデル。エルメスのロゴまでもが、
スミスによるデザインであったと言われている


スミスが生産したエルメス


真っ先にスミスの高い技術とデザイン性に目を付けたのは、ラグジュアリー・ブランドのエルメス社であった。エルメスのロンドン市場向け腕時計の生産をスミスに依頼したことだろう。それは、1215の時代であり、そのデザインは、正に1215そのものであった。


スミス社はエルメス以外にも、J.W.ベンソン、アスプレイ、ガラードなど、多数の英国老舗ジュエラーの時計を制作している。これらのことは、スミスの優れたデザイン性と世界水準の精度を誇るムーブメントの証であると言えるだろう。




1951年の英国誌 Country Life に掲載された広告からの抜粋


シンプルだが美しい1215


1215のデザインは、どれもシンプルな中にハッキリした主張が現れていて、美しい。中でも当時、流行したホーンラグ・ケースは、1947年から1952年の1215時代を通して使用され、その後もデラックスで引き継がれロングセラーになっていた。



SMITHSだけの文字盤のロゴ、アールデコ調のラグ、
そして、気品あふれる佇まいと1215の魅力は奥深い



アールデコ調の装飾的なホーンラグは、英国らしいシンプルなデザインの中に際立った気品を感じさせる。1215はスミス社の当時の意気込みを感じさせるマスターピースと言えるだろう。また、スミス本来のベイシックな趣ある佇まいに、最もスミスらしい奥深い魅力がある。


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