2022年6月30日木曜日

   スミス専任時計師のウォッチギャラリー・ビッグベアー店主、大熊 康夫のブログ

~時計師の仕事場 #0017~

「時が作った美しい表情とスミスの底力」 

1950年代前期の15石懐中時計




「文字盤の材質が生み出した表情」

戦前における、懐中時計の文字盤のほとんどは、瀬戸物のような材質で出来ており、いつまでも美しい表面を保つという特性がありましたが、反面、衝撃が加わるとヘアラインと呼ばれているクラックが文字盤上を走り、強い衝撃が加わった際には文字盤の周辺部などが大きく欠落してしまうことも多々あり、エイジングの味であったとともに、デメリットであるとも捉えられていました。

そのため、戦後には改良された文字盤が多く使用されるようになり、この懐中時計の文字盤も金属のベースに厚みのある塗装が施されたしっかりとした強度を保った、衝撃に強い文字盤に変わりました。





「卵の殻のひびのような美しいパティナ」

戦後の衝撃に強くなったスミス社の文字盤ですが、実は経年により、上の写真のような細かいひび割れが発生するエイジングが稀に見られるようになり、それは、卵の殻をコツコツと割った時のひびのような極めて細かく繊細な亀裂で、ほぼ全体に均一に表れるというものでした。

そのため、戦前のヘアライン同様に英国では美しいエイジングと捉えて、特にこの個体のように細かくひび割れ、それらのパーツが脱落していないものを「ナイス・パティナ」などと呼び珍重するといった、英国らしい習慣が生まれています。

さらに、このパティナが生じた文字盤は、そのまま使い続けると、衝撃などで表面のパーツが脱落することもあるため、防止策として特殊なコーティングを施し定着させる対策が行われています。

もちろん、この個体についてもコーティングが施されていますので、よほどの大きな衝撃が加わらない限り現在のパティナは、美しく保持されると言う訳です。






「ニッケル無垢デニソン・カップレル・ケースの質感」

このモデルに使われているニッケル・ケースは、英国の老舗ケースメーカー、デニソン社製の「カップレル」という製品です。

細部の造形にまで、気を配られた極めて美しいデザインは、デニソン社らしい質実剛健な高い機能性を重視した機能美と言えるもので、それらはヴェゼルや裏蓋の外周に盛られたリブ状のラインや竜頭の独特な形状に現れています。

そんな機能美と言えるカップレルの特徴は、手にした時に、しっかりとしたグリップさせる力を生み出したり、竜頭の巻き上げの際のしっかりとした巻心地を生んでいます。

また、ニッケル無垢という当時ならではの材質感は、クロームメッキよりも温かみのあるややイエロー味を帯びた色を感じさせ、手に触れた時の親しみやすさにつながる効果となっています。

さらに、ニッケルの無垢素材であることは、使用キズなどにも強く、表面がはげ落ちることのない優位性は、金や銀などの無垢素材にも通ずる、普遍性を感じながら使い続けることが出来るという、所有感を味わう楽しみがあります。






「コート・ド・ジュネーブ加工が高品質の貫録を生む」

ニッケル無垢製の裏蓋を開けると、真鍮のベースメタルにニッケルメッキが施された美しいムーブメントを眺めることが出来ます。

そこには、コート・ド・ジュネーブ加工が施されており、実際には平らな表面に繊細な曲線を刻み込むことで、まるで、なだらかな凹凸があるように見えるスイスの高級時計に多く見られる装飾が施されています。

コート・ド・ジュネーブをこの戦後初期の懐中時計のムーブメントに施していたことから、いかにスミス社がこのムーブメントへ力を注いでいたかを知ることが出来ます。






「ムーブメントの各部品はスイス品質で製造されていた」

ニッケルメッキが施された美しいムーブメントを分解すると、その剛性の極めて高いフレーム設計と、精度に関わるギアや軸の工作精度は、当時の世界水準を満たしていました。

スイスの名門時計メーカーであるジャガールクルトから、ロバート・レノア氏を引き抜き、英国伝統の質実剛健なスミスらしいデザイン美学と、世界のトップレベルであるスイスのテクノロジーとが結びつき、唯一無二の世界水準のムーブメントが誕生しました。






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