2019年7月5日金曜日

WATCH GALLERY BIG BEAR ならではの「オーバーホール」について


★ウォッチギャラリー・ビッグベアーのオーバーホール(分解掃除)と部品交換★

今回は、9金無垢ケース、ブルースチール・ハンズのデラックスを例にウォッチギャラリー・ビッグベアーのオーバーホールと部品交換の様子を紹介させていただきます。このモデルは、文字盤にエイジングが見られるものの、ケースやムーブメントの状態は極めてよく、交換部品は一般的な消耗部品であるベルト、レンズ、竜頭といった3点の外装パーツ、また、動力用ゼンマイ、クリック・スプリング、そして、ボルトスプリングの3点のみとなっています。

■そもそもオーバーホールとは■

「オーバーホール」の直訳は「修理」ですが、日本では時計の場合、分解掃除のことを意味します。特にどこか調子の悪いところがない状態で、ムーブメントを分解、洗浄、注油、組立てを行うことを、一般にオーバーホールと呼んでいます。また、オーバーホールといっても、作業内容はさまざまで、オーバーホール済みという言葉はとても曖昧であるといえます。英国では動作保証が付かないオーバーホールは行っていないのと同じであると言われているほどなのです。

■故障個所がなければ、分解掃除だけで良いの?■

確かに、元気な時計であれば分解掃除だけで、しばらく調子よく使うことが出来ます。しかし、スミスなどの約60年前に生産されたヴィンテージ・ウォッチの場合、そうは行きません。ゼンマイなどの消耗部品が金属疲労を起こしており部品を交換しないとオーバーホールを行っても使い始めるとゼンマイが切れてしまうことがあるのです。つまり、一通りの消耗部品を交換しなくては、使い始めると次々と故障を招く可能性が高いというわけです。

■消耗部品は入手可能なの?■

スミスの消耗部品は世界的に見て新品、ユーズド共に、入手困難な状態です。ビッグベアーでは15年以上前から、英国でデッドストックの新品パーツを、閉店した時計店などから収集しています。また、欠陥のあるパーツは、国内の時計部品メーカーと共同で対策部品を製作し、充分なストックを保有しています。つまり、英国より入荷したスミスに、新品部品をふんだんに使用した整備が可能となるのです。

★ここからは実際の作業についてです★

■アクリル製レンズの交換
オリジナルと思われるレンズには写真でご覧にただけるように数えきれないほどの多数のキズや修復不可能なクラックが見られるため、交換に至りました。ほとんどの場合、英国より入荷する個体のレンズは経年による細かなクラックが入り交換しないと破損して、針や文字盤を痛めてしまう可能性が高く交換させていただいております。


■ムーブメントの文字盤側
ムーブメントから文字盤を外すと現れるのが、この面です。竜頭周りのギアや長短針のメカニズムをご覧いただけます。二つのボルトで固定されている複雑な形をした銀色の部品がボルトスプリングで、スミスの欠陥部品と呼ばれ5年から10年使用すると折れてしまいます。ビッグベアーでは、対策部品に交換しています。



■ムーブメントの裏蓋側
裏蓋側には、振り子をはじめ、動力用ゼンマイから伝わる力を振り子へ伝えるためのギアが効率よくコンパクトに収まっています。






■竜頭の交換
竜頭は消耗品のひとつと考えられており、このデラックスの竜頭も摩耗や傷が多くみられ、巻き辛いということもあり交換することとなりました。新品交換で、圧倒的に巻きやすくなり、ムーブメントへの負担も軽減されます。




■ムーブメントの分解
ムーブメントをホルダーにしっかりと固定して、振り子より分解して行きます。振り子には極めて繊細なヒゲゼンマイがついており脱着の際には細心の注意が必要です。最も分解してみたくなるパーツですが、必ず破損してしまうと言ってよい部分ですので、トレーニングを積んでいない方は絶対に手を出してはいけません。



■部品の洗浄
分解した部品は、洗浄液を入れたガラス容器に入れてしばらくつけ込みます。油汚れや、こびりついたゴミを洗い落とします。この方法は、原始的なようですが、昔から使われているヴィンテージ・ウォッチのオーバーホールには欠かせないプロセスといえます。



■程よいエイジングの文字盤
オフホワイトの文字盤は経年による、この文字盤らしい、程よいエイジングがヴィンテージ・ウォッチらしい表情を作り上げています。汚れと、表面に付着したゴミを取り除く作業を行いフィニッシュです。






洗浄後ガラス容器から取り出された部品

ムーブメントの各部品は洗浄後、肉眼では見えないパーツの破損やゴミの付着などをルーペを使用して念入りに点検して行きます。また、消耗部品のほとんどは新品及び、対策部品に交換して、工場出荷時、場合によってはそれ以上の精度と信頼性を取り戻します。


オイリングとグリスアップ

洗浄後各部の点検が済みましたら、軸受けなどに注油と、場所によってはグリスを塗り込んでゆきます。注油は常識的な一滴よりもはるかに少ない微量をオイラーと呼ばれる工具で表面張力の原理を利用して行います。また、グリスは人の力が加わるような竜頭系統のギア、動力用ゼンマイなどに塗布いたします。

■ギアの間に詰まったゴミのクリーニング
ピニオンギアなどにこびりついたゴミなどは、洗浄液でも落としきれないことが多々あります。洗浄後の点検でゴミを発見した際には、こそぎ落として、再度洗浄液に浸す作業を、きれいになるで繰り返します。





■古いゼンマイを取り除きます
工場出荷時に装着されていたゼンマイがそのまま使われている場合には、無条件に新品と交換します。使用頻度が少なくても金属疲労で使い始めるとすぐに折れてしまうことが多いからです。スミス純正の新品のゼンマイは現在入手困難ですのでビッグベアーの膨大な量のストックで賄います。



■新品の動力用ゼンマイにグリスアップ
香箱と呼ばれているゼンマイを入れるケースへ入れる前にゼンマイの動きをスムーズにさせるため、グリスを塗布します。戦後最初期のスミスのゼンマイには、ゼンマイの表面すべてにオイリングする必要がありますが1950年代中期以降のゼンマイは素材が変わり、その必要はなくなりました。



■ムーブメントの組み立て
オイリングとグリスアップが終わりましたら、次は組み立てです。右の写真は、香箱を取り付けたところまでの途中経過です。ギアの組み立ては簡単そうに見えますが、すべての軸とギアが適正に回転し、たとえスムーズに回転しているように思えても、どこにも異常がないことを確認したうえで組み立てなければ正しい精度は得られません。


■スミスの欠陥部品の交換
スミスの欠陥部品としてよく知られるボルト・スプリングの交換です。この部品は竜頭の抜き差しの際に、その動きに節度を持たせる働きがあり、このスプリングが折れてしまうと竜頭が中途半端な位置でギアを回すこととなり、異音が発生したり、内部のギアを破損することになります。左の写真で二つ写っている部品がそれで、その差は見た目ではわかりませんが、装着されている方がビッグベアーが開発した対策部品で左に単体で置いてあるのが純正の欠陥品です。細いアーム状の部分が5~10年使用すると折れてしまいます。


■振り子の軸受けの分解
振り子の軸受けにはルビーがそれぞれ2個使用されており写真のように極めて小さなボルト2本で固定されています。この部分を分解してクリーニング、そしてオイリングをすることは、オーバーホールの際、極めて重要な作業といえます。




■軸受けの注油
微量のオイルを、表面張力の原理を使って注油します。この部分の軸と軸受けは、この時計の中で、振り子のヒゲゼンマイに次いで繊細な部分ですので、作業は細心の注意が必要となります。同様に裏面にも軸受けがあり、そちらも分解、クリーニング、注油を行います。



■文字盤と針の取り付け
ムーブメントのオーバーホール及び部品交換の終了後、動作確認を行い歩度の微調整を行います。その後、クリーニングを済ませた文字盤と針を取り付けます。最後にケースに戻し、再度、実際の使用状況にて長期間の動作確認を行います。





今回のオーバーホールで使用した主な道具

今回のスミス・デラックスは極めてムーブメントの状態が良かったため、わずかな消耗品の交換と基本的なオーバーホール作業のみで、工場出荷時の精度と信頼性を取り戻すことができました。上の写真は今回使用した道具の一部ではありますが、基本的なオーバーホールを行うための主な道具です。部品の加工や、特殊な調整が必要な場合にはさらに専門的なツールが必要となります。